何が起きたか
文部科学省・厚生労働省・経済産業省は、「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」(令和3年文部科学省・厚生労働省・経済産業省告示第1号)を一部改正する告示を、令和8年(2026年)8月27日に公布しました(令和8年文部科学省・厚生労働省・経済産業省告示第1号・官報号外第191号)。
告示は本文で「令和八年十二月一日から適用する」と定めています。改正後の指針の第19(施行期日)も、同じく令和8年12月1日です。厚生労働省は翌8月28日に報道発表を行い、改正後の指針の本文と新旧対照表を公表しました。
この指針は、人を対象とする生命科学・医学系研究に携わる全ての関係者が守るべき事項を定めるもので、大学・病院・研究機関が行う臨床研究や観察研究、既存の検体やカルテ情報を使う研究が広く対象になります。
いちばん大きい変更——多機関共同研究の一括審査
実務への影響が最も大きいのは、倫理審査委員会への付議(第6の2⑵)です。
| 改正前 | 改正後 | |
|---|---|---|
| 多機関共同研究の一括審査 | 原則として一の倫理審査委員会による一括審査を求めなければならない | 侵襲(軽微な侵襲を除く)を伴う研究または介入を行う研究の実施・内容の変更(軽微な変更を除く)を行う場合は、一括審査を求めなければならない。その他の研究の実施・変更も、原則として一括審査を求めなければならない |
改正前は多機関共同研究全体が「原則として」という書き方で、例外の余地がありました。改正後は、侵襲を伴う研究と介入研究について「原則として」が外れます。それ以外の研究は、これまでどおり「原則として」一括審査です。
あわせて、倫理審査委員会に意見を聴く対象も変わりました。改正前は「研究の実施の適否」でしたが、改正後は「研究の実施又はその内容の変更の適否」と明記されています(第6の2⑴)。
インフォームド・コンセントに新しい条項
第8(インフォームド・コンセントを受ける手続等)に、第8の1「インフォームド・コンセントを受ける場合等の対応」が新設されました。従来の「1 インフォームド・コンセントを受ける手続等」は、繰り下がって第8の2になります。
新設された第8の1が定めているのは、次の3点です。
⑴ 仮名加工情報・匿名加工情報・個人関連情報の切り分け。 研究に用いられる情報がこれらに当たる場合、その取扱いは個人情報保護法の各関係規定に則って行うものとされました。そのうえで、これらの情報は第8の1および2(⑷を除く)における「研究に用いられる情報」に含まないと明記されています。
⑵ 外国にある者への提供。 個人情報保護委員会が個人情報保護法施行規則第15条第1項各号のいずれにも該当する外国として定めるものを除く外国にある者に提供する場合は、第8の2⑴から⑷までおよび⑹の手続を行わなければならないとされました。
⑶ 研究協力機関を介した取得。 研究協力機関を介して当該研究のために新たに試料・情報を取得する場合も、研究者等が自らインフォームド・コンセントを受ける手続等を行わなければならず、研究協力機関はその手続が行われていることを確認しなければならないとされました。
基本方針に「患者・市民の視点を尊重し」
指針第1(目的及び基本方針)の①が改められました。
| 改正前 | 改正後 |
|---|---|
| ① 社会的及び学術的意義を有する研究を実施すること | ① 患者・市民の視点を尊重し、社会的及び学術的意義を有する研究を実施すること |
患者・市民参画(PPI)を基本方針に位置づけたものです。指針本文で加わったのはこの一文で、参画の方法・範囲・体制・手続といった具体的な規定は置かれていません。
用語の整理
第2(用語の定義)で、これまで一括りだった「試料・情報」が、「試料」「研究に用いられる情報」「試料・情報」の3つに書き分けられました。これに伴い、試料・遺伝情報・研究対象者の定義も対応して改められています。
たとえば「試料」の定義は、改正前の「血液、体液、組織、細胞、排泄物及びこれらから抽出したDNA等、人の体から取得されたもの」から、改正後は「血液、体液、組織、細胞、排泄物又はこれらから抽出したDNAその他の人の体から取得されたもの」になりました。
条文の書き分けなので個々の研究計画に直ちに影響するものではありませんが、研究計画書や説明文書で指針の文言を引用している場合は、対応する箇所の確認が必要です。
そのほかの変更
- 迅速審査の対象追加(第17の3⑴⑤)— 「利益相反に関して確認が必要な研究者等の追加に関する審査」が迅速審査の対象に加わりました
- 章名・見出しの改正 — 第9章の章名と第18の3の見出しが、「死者の試料・情報」から「死者の試料・情報等」になりました
- 第5の2の見出し — 「研究の実施のための体制・規程の整備等」が「研究の実施のための体制及び規程の整備等」になりました
実施中の研究はどうなるか
指針第20(経過措置)は今回改正されておらず、次の内容がそのまま働きます。
- ⑴ 指針の施行の際に現に実施中の研究については、個人情報保護関連法令及びガイドラインの規定が遵守される場合に限り、なお従前の例によることができる
- ⑵ 実施中の研究について、研究者等・研究機関の長・倫理審査委員会の設置者が、改正後の指針の規定により研究を実施し、または倫理審査委員会を運営することを妨げない
意見公募の結果でも、実施中の多機関共同研究を一括審査に切り替えたい場合の扱いを問う意見に対し、3省は「実施中の研究については、経過措置が適用され、従前の例によるところではございますが、この指針の規定により研究を実施し又は倫理審査委員会を運営することを妨げないこととしています」と回答しています。
意見募集の結果
意見公募手続は令和7年12月26日から令和8年1月25日まで行われ、52件の意見が提出されました(個人24件、企業・団体3件、その他25件)。提出意見を踏まえた案の修正は「有」です。結果は令和8年8月27日に公示されました。
指摘された課題
意見募集に寄せられた意見のうち、3省が公表した結果資料に載っているものから、実務に関わる指摘を挙げます。いずれも意見提出者の指摘であり、3省の回答とあわせて読む必要があります。
一括審査の必須化に対する体制面の懸念。 「侵襲・介入研究については、一括審査を必須化する、とありますが、研究機関側の体制が整っていない中で必須化すれば、混乱は避けられないのではないかと危惧します。審査料の値上げや体制整備にかかる費用の補助など、大幅な支援が必要ではないでしょうか」という意見が出されました。医学系以外の学部の生命倫理委員会が扱う学際的研究の扱いを問う意見もあります。3省は、倫理審査委員会の実施形態については第17のとおり規定したと回答しています。
患者・市民参画が「尊重する」にとどまることへの懸念。 「『尊重する』という抽象的な表現に留まる場合、実態を伴わない形式的な記載のみが先行し、形骸化する恐れがあります」として、ガイダンスでの具体例の提示と、倫理審査の申請項目に「患者・市民の視点をどのように反映したか」を加えることを求める意見が出されました。3省は「御意見を踏まえ、ガイダンスに記載させていただきます」と回答しています。
改正の進め方そのものへの指摘。 「中途半端な内容で何度も改正を繰り返すのではなく、合同会議内でも言及されていた事項ごとのワーキンググループでの議論も含めた形で一度の改正で済ませるよう、スケジュールの全面見直しを求める。また合同会議内でも意見が出ていたとおり、実際の指針条文の改正イメージが示されない状況でのパブコメ募集では実質的な意味を持たないと考えられるので、パブコメ募集も再度行っていただきたい」という意見が提出されました。3省は「今後の参考にさせていただきます」と回答しています。
注意点
- ここで整理したのは指針本文の改正です。実務の解釈はガイダンスに示されますが、改正後のガイダンスは本記事の確認時点(令和8年8月30日)では公表を確認できていません。意見募集の回答で「ガイダンスに記載させていただきます」とされた事項が複数あるため、公表され次第あわせて確認してください
- 一括審査が義務になるかどうかは「侵襲(軽微な侵襲を除く)を伴うか」「介入を行うか」で決まります。この2つの用語の定義は指針第2にあり、判断に迷う場合は所属機関の倫理審査委員会に確認してください
- 臨床研究法の対象になる研究は、この指針ではなく臨床研究法の手続によります
公式リンク
- 「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」の一部改正について(厚生労働省・令和8年8月28日)
- 人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針(本文)(令和8年8月27日一部改正)(PDF)
- 新旧対照表(令和8年8月27日)(PDF)
- 研究に関する指針について(厚生労働省)
- 「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」の一部を改正する件(案)に関するご意見の募集結果について(e-Gov・案件番号495250321)
- 令和8年8月27日付 官報 目次(インターネット版官報)
根拠
- 人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針の一部を改正する件(令和8年文部科学省・厚生労働省・経済産業省告示第1号・令和8年8月27日公布/官報号外第191号)
- 人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針(令和3年文部科学省・厚生労働省・経済産業省告示第1号)