令和8年(2026年)8月20日、国土交通省は、船員に関して事業主が講ずべきハラスメント防止措置の指針2本を告示しました(官報号外第186号)。
| 告示 | 内容 | 適用開始 |
|---|---|---|
| 国土交通省告示第1073号 | 船員に関し事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題(カスタマーハラスメント)に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針 | 令和8年10月1日 |
| 国土交通省告示第1074号 | 船員に関し事業主が求職活動等における性的な言動に起因する問題(求職者等セクシュアルハラスメント)に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針 | 令和8年10月1日 |
なぜ国土交通大臣が指針を定めるのか
カスハラ対策と求職者等セクハラ対策は、令和7年法律第63号による改正で事業主の義務になりました。施行日は令和8年10月1日です。陸上の労働者については、厚生労働大臣が令和8年2月に指針2本(令和8年厚生労働省告示第51号・第52号)を定めています。詳しくはカスハラ対策と求職者等セクハラ対策が事業主の義務にをご覧ください。
一方、船員については、船員の労働は国土交通省(海事局)の所管です。
- カスハラ:労働施策総合推進法第47条第2項の規定により読み替えて適用する同法第33条第4項
- 求職活動等セクハラ:男女雇用機会均等法第37条第1項の規定により読み替えて適用する同法第13条第3項
この読替規定により、船員に関する指針は国土交通大臣が定めます。今回の告示は、陸上向けの指針と同じ令和8年10月1日から適用されるように手当てされたものです。
誰が「船員」で、誰が「事業主」になるか
指針でいう「船員」は、船員法(昭和20年法律第100号)第1条第1項に規定する船員です。
派遣船員については、船員職業安定法(昭和23年法律第130号)の規定により、船員派遣の役務の提供を受ける者(派遣先)も、その指揮命令の下に労働させる派遣船員を雇用する事業主とみなされます。したがって、派遣元だけでなく派遣先も措置を講じる必要があります。船員に対する不利益な取扱いの禁止も、派遣船員が対象に含まれます。
何が「船員へのカスハラ」に当たるのか
指針は、職場におけるカスタマーハラスメントを、顧客、荷主をはじめとする取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者(「顧客等」)の言動であって、社会通念上許容される範囲を超えたものにより、その雇用する船員の就業環境が害されるもの、と定義しています。3つの要素をすべて満たすものが該当します。
指針が挙げる例には、船員の職場に固有のものが含まれています。
要求内容が社会通念上許容される範囲を超えるもの
- 対応が著しく困難な、または対応が不可能な要求をすること
- 契約金額の著しい減額を要求すること
- 商品やサービス等の内容と関係のない不当な損害賠償要求をすること
手段や態様が社会通念上許容される範囲を超えるもの
- 身体的な攻撃(暴行、傷害、物を投げつける、わざとぶつかる等)
- 船内の物を壊すことをほのめかす発言やSNS等への悪評の投稿をほのめかす発言によって船員を脅すこと
- 船員の人格を否定するような言動(性的指向・ジェンダーアイデンティティに関する侮辱的な言動を含む)
- 性的指向・ジェンダーアイデンティティ等の機微な個人情報を、本人の了解を得ずに他の者に暴露すること、または開示を強要・禁止すること
- 土下座の強要、盗撮や無断での撮影
- 威圧的な言動、継続的・執拗な言動、長時間にわたる居座りや電話による拘束
「船員の就業環境が害される」とは、その言動により船員が身体的または精神的に苦痛を与えられ、船員の就業環境及び船内生活環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指します。判断は「平均的な船員の感じ方」、すなわち同様の状況で言動を受けた場合に一般の船員が就業及び船内で生活する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当とされています。
正当な申入れはカスハラではない
指針は、顧客等の言動がすべてカスハラに該当するわけではないとしています。商品やサービスの内容からして相当性を欠かない申入れは、いわば正当な申入れであり、職場におけるカスタマーハラスメントには当たりません。
また、障害者差別解消法にいう社会的障壁の除去(合理的配慮)を求めること自体は、カスハラには当たりません。 事業主には合理的配慮の提供義務があることに留意が必要である旨が明記されています。
海上労働の特殊性が明記された
指針は、船内が閉鎖的な生活の場でもあることに触れ、事業主はこのような海上労働の特殊性を踏まえて措置を講じなければならないとしています。陸上向けの指針にはない、船員向け指針に固有の記述です。
特に悪質なカスハラへの対処として、指針は次のような対応を例示しています。
- 警察又は海上保安庁へ通報すること
- 内容証明郵便等により警告文を発出すること
- 民事保全法に基づく仮処分命令を申し立てること
「警察」だけでなく「海上保安庁」が並記されているのが、船員向け指針の特徴です。
求職活動等セクハラの指針
もう1本の指針(告示第1074号)は、船員になろうとする者などに対する、求職活動等における性的な言動に起因する問題を扱います。
対象となるのは、男女雇用機会均等法第13条第1項に規定する求職者その他これに類する者として国土交通省令で定める者です。SNS等のオンラインを介したものやオンラインでの就職活動も対象に含まれ、対面かどうかは問いません。
指針が挙げる「求職活動等」の場面には、インターンシップへの参加、事業主が雇用する船員等への訪問(いわゆるOB・OG訪問)、説明会・セミナーへの参加などが含まれます。
「性的な言動」には、性的な事実関係を尋ねること、性的な内容の情報を意図的に流布すること、性的な関係を強要すること、必要なく身体に触ること、わいせつな図画を配布すること等が含まれます。
また、相談したことや事実関係の確認に協力して事実を述べたこと等を理由として、船員に対する不利益な取扱いを行ってはならないとされています。
意見募集の経過
2本の指針案は、令和8年6月18日から7月18日まで、任意の意見募集(パブリックコメント)にかけられました。結果は令和8年8月3日に公示されています。
- 求職活動等セクハラ指針(案件番号155261024):提出意見1件、案の修正なし
- カスハラ指針(案件番号155261025):提出意見0件
告示は、その約2週間半後の8月20日に行われました。
関係省令の整備(国土交通省令第72号・令和8年8月25日公布)
指針の告示から5日後の令和8年8月25日、国土交通省は「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律の施行に伴う国土交通省関係省令の整備に関する省令」(令和8年国土交通省令第72号/官報号外第189号)を公布しました。施行日は指針の適用開始と同じ令和8年10月1日です(附則第1条。改正法の施行の日)。
この省令の中心は、船員を雇用する事業主に対する求職活動等セクハラ(就活セクハラ)防止措置の対象者の明確化です。船員に関する男女雇用機会均等法施行規則(昭和61年運輸省令第1号)に第4条が新設され、男女雇用機会均等法第37条第1項の読替えにより適用される同法第13条第1項の「求職者その他これに類する者」のうち、国土交通省令で定める者が次の2類型と定められました。
| 類型 | 具体例(国土交通省の説明) |
|---|---|
| 事業主の実施する船員の採用に資する活動に参加する者 | 本選考前に行われる海運会社等の説明会等の参加者 |
| 乗船実習、操船実習その他の実習を受ける者 | 商船系の学校・養成施設などの実習生 |
国土交通省は意見募集の結果の中で、この2類型は改正後の男女雇用機会均等法上の「求職者」そのものには該当しないものの、「将来的に船員として就業することを目的として事業主と接点を持つ者であり、事業主との関係において求職者と同様の立場に置かれ得る」ことから、「求職者その他これに類する者」として位置付けると説明しています。
つまり、正式な選考に入る前の説明会の参加者や、乗船実習に来ている学生も、防止措置の対象になるということです。船員を雇用する事業主は、これらの場面も含めて対応方針の明確化と相談体制の整備を行う必要があります(令和8年10月1日から適用)。
この省令案には令和8年7月1日から7月31日まで意見募集が行われ、7件の意見が寄せられましたが、意見を踏まえた案の修正はありませんでした。
誰に関係するか
船員を雇用する船舶所有者・海運事業者と、船員派遣の役務の提供を受ける者(派遣先)に、令和8年10月1日から措置を講じる義務が生じます。船員として働いている人、これから船員になろうとする人にも関わります。
陸上の事業主向けの内容は、カスハラ対策と求職者等セクハラ対策が事業主の義務に 令和8年(2026年)10月1日施行にまとめています。
出典
- 船員に関し事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年国土交通省告示第1073号・令和8年8月20日/官報号外第186号)
- 船員に関し事業主が求職活動等における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年国土交通省告示第1074号・令和8年8月20日/官報号外第186号)
- 同指針の制定に関する意見募集の結果について(e-Gov・案件番号155261025)
- 同(求職活動等における性的な言動・e-Gov・案件番号155261024)
- 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律の施行に伴う国土交通省関係省令の整備に関する省令(令和8年国土交通省令第72号・令和8年8月25日/官報号外第189号)
- 同省令案に関する意見募集の結果について(e-Gov・案件番号155261026)
- 令和8年8月20日付 官報 目次(インターネット版官報)
- 令和8年8月25日付 官報 目次(インターネット版官報)