振り込め詐欺やSNS型投資詐欺では、だまし取られたお金が最初の振込先からさらに別の口座へと次々に移されていきます。ある銀行が「この口座は詐欺に使われている」と気づいても、その情報を他の銀行に伝えることが個人情報保護のルールとの関係で難しい、という問題がありました。
この点について、「金融分野における個人情報保護に関するガイドライン」(平成29年個人情報保護委員会・金融庁告示第1号)の一部改正が、令和8年(2026年)7月24日に公布されました。適用は令和9年(2027年)4月1日からです。
何が変わるのか
改正は、ガイドライン**第4条(利用目的による制限/個人情報保護法第18条関係)**に、例をひとつ書き加えるものです。
個人情報保護法第18条第3項第1号は、**「法令に基づく場合」**には、あらかじめ本人の同意を得なくても利用目的の範囲を超えて個人情報を扱えると定めています。金融分野ガイドラインは、その「法令に基づく場合」に当たる具体例を挙げていますが、そこに次の場合が追加されました。
犯罪による収益の移転防止に関する法律第11条第4号及び同法施行規則第32条第2項第1号に基づき、詐欺その他の犯罪若しくは犯罪による収益の移転に利用され、又はそのおそれがあると認めた預金又は貯金口座に関する情報であって取引時確認等の措置を行うに際して必要なものを、他の預貯金取扱事業者に提供する場合
つまり、「詐欺などに使われた疑いがある」と判断した口座の情報を、他の銀行・信用金庫などに渡すことは、口座名義人の同意がなくても個人情報保護法上問題にならない、ということが明文で示されたことになります。
なぜこの改正が行われたのか
もとになっているのは、令和8年(2026年)6月26日に公布された「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則の一部を改正する命令」(施行は令和9年4月1日)です。
この改正で、預貯金取扱事業者に対し、犯罪や犯罪収益の移転に利用され、またはそのおそれがある口座について、情報の適正な取扱いと安全管理のための措置を定めたうえで、取引時確認等の措置を行うに際して必要な情報を他の預貯金取扱事業者に提供することが、努力義務として新たに規定されました。提供を受けた側が、その情報を整理・分析し、必要に応じて犯罪収益移転防止の措置を講じることも定められています。
さらにさかのぼると、「国民を詐欺から守るための総合対策2.0」(令和7年〈2025年〉4月22日 犯罪対策閣僚会議決定)に、預金取扱金融機関の間で不正利用口座に係る情報を共有する枠組みを創設することが盛り込まれていました。
今回のガイドライン改正は、この情報共有を個人情報保護法の側から裏づけるものという位置づけです。ガイドラインの適用開始日(令和9年4月1日)が、犯収法施行規則改正の施行日と同じ日に揃えられているのはそのためです。
実際にはどのように共有されるのか
金融庁は意見募集の結果のなかで、施行規則第32条第2項第1号に基づく情報提供について、現時点では、金融庁が実施した預貯金口座不正利用対策高度化推進事業の補助事業者である「マネー・ローンダリング対策共同機構」が運営する情報共有枠組みに参加したうえで情報提供することを想定していると説明しています。
ただし、同号に規定する「適正な取扱い及び安全管理のために行う措置」が確実に講じられる方法で情報提供が行われるのであれば、他の枠組みの下で行われるものであっても個人情報保護法上の「法令に基づく場合」に該当する、との考え方も示されました。
「同意なしの第三者提供」も認められるのか
寄せられた意見のなかに、「今回の追加は利用目的による制限の例外として書かれているが、他の銀行に渡すこと自体(第三者提供)についても本人の同意は不要と考えてよいか」という質問がありました。
これに対して金融庁は、施行規則第32条第2項第1号に基づいて情報を提供した場合は個人情報保護法第27条第1項第1号に該当する(=第三者提供にあたって本人の同意を得る必要がない場合に当たる)との考え方を示しています。
また、「客観的な基準で判断して情報提供したが、後から誤検知だったと分かった場合はどうなるか」という質問に対しては、次のように回答しています。
- 施行規則第32条第2項第1号に基づいて他の預貯金取扱事業者に情報を提供した場合、事後的にその口座が犯罪や犯罪収益の移転に利用されていないことが明らかになったとしても、当該提供は個人情報保護法第18条第1項や第27条第1項の違反にはならないと考えられる
対象になる金融機関の範囲
今回の枠組みで情報をやりとりできるのは、預貯金取扱事業者どうしに限られます。
意見募集では、「同じく犯収法上の取引時確認を行っている資金移動業者や暗号資産交換業者の口座も対象にしてよいのではないか」「詐欺の資金は暗号資産交換業者・資金移動業者・収納代行業者が管理する口座に移されることも多く、そこまで範囲を広げる必要があるのではないか」という意見が複数寄せられました。
金融庁は、これらは金融分野ガイドライン改正案そのものに対する意見ではないとして本意見募集の対象外としたうえで、施行規則第32条第2項が預貯金取扱事業者のみを対象としている理由については、令和8年6月26日の犯収法施行規則改正に関するパブリックコメント回答を参照するよう案内しています。
また、貸金業者が預貯金口座の不正利用を検知して預貯金取扱事業者に情報提供する場合については、「同号の適用はありません」と明確に回答されています。
どんな意見が寄せられたか
提出意見は14件で、提出意見を踏まえた案の修正はありませんでした。賛成の立場からの意見が中心でしたが、次のような懸念や要望も出されています。
- 金融機関どうしのデータ共有を加速させ、資産状況や行動履歴を横断的に解析できる環境をつくることになるのではないか、本人の承諾なき利用は厳格に制限すべきだ、という反対意見
- 障害のある人や高齢者について、支援者の同席・代筆・代理、電話や来店が難しいことなどを、ただちに不正利用や名義貸しの兆候として扱わないよう留意事項を明確にしてほしい、という要望。取引制限を受けた場合に、本人がアクセスしやすい方法で説明を受け、誤認があったときに訂正・再確認・異議申立てができる手続を確保すべきだ、という指摘もありました
- 共有できる情報に、口座名義人の属性情報だけでなく送金依頼人名・送金日時・金額などの取引情報が含まれることを明記してほしい、書面や電話だけでなくAPI連携によるシステム的な共有も認められる旨を明記してほしい、という要望
金融庁は、これらについては金融分野ガイドライン改正案の内容に関するものではないため本意見募集の対象外としつつ、「貴重な御意見として今後の金融行政の参考にさせていただきます」と回答しています。
わたしたちへの影響
一般の預金者が行う手続きはありません。 適用は令和9年(2027年)4月1日からです。
詐欺被害に遭った側から見ると、被害金が別の銀行の口座へ移された場合に、金融機関どうしが情報をやりとりして口座を止めやすくなることが期待されます。意見募集でも、振り込め詐欺救済法第4条第3項(他の金融機関への通知)の実効性が増すという指摘がありました。
一方で、自分の口座が「犯罪に利用されたおそれがある」と判断された場合には、同意がなくても他の金融機関にその情報が渡ることになります。誤検知だった場合でも情報提供自体は個人情報保護法違反にならないという整理であるため、意見募集では、誤認されたときの訂正・異議申立ての手続の確保を求める声が出ていました。
なお、振り込め詐欺の被害に遭った場合の対応(振込先金融機関と警察への連絡、振り込め詐欺救済法に基づく口座凍結・被害回復分配金の手続き)は、これまでと変わりません。
出典
- 「金融分野における個人情報保護に関するガイドライン」の一部改正(案)に対する意見募集の結果等について(e-Govパブリック・コメント/金融庁)
- 「金融分野における個人情報保護に関するガイドライン」の一部改正(案)に対する意見募集の結果等について(金融庁)
- 「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則の一部を改正する命令」の公布等及びパブリックコメントの結果等について(金融庁)
- 金融分野における個人情報保護に関するガイドライン(平成29年個人情報保護委員会・金融庁告示第1号)
- 個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)第18条・第27条
- 犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号)第11条、同法施行規則第32条